ゆめみがちな記録帳

舞台の記録とか推しの話とか

観劇記録: 悪童会議 旗揚げ公演 「 いとしの儚 」(2023年7月)

タイトル:いとしの儚

 

観劇回数:5公演以上

 

劇場:品川ステラボール

 

公式ダイジェスト

 

鈴次郎ver

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儚ver

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ネタバレ含む

今回内容が内容なので、割ときわどい言葉や表現がある。また舞台上の台詞を使っているのだが、それが悪口のように聞こえてしまうところもあるかもしれない。それをわかったうえで読み進めてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全体の感想

もうなんかとにかく、ただ感動するだけじゃない、思う何かがズンとのしかかってきた。もちろん笑いどころもあったので、ただただしんどいだけではないのだけれど。けど自分の中で色々引っかかる部分とかもあったのも事実で。でもむしろそれが逆にいいというか、なんかもっと観劇して煮込みたくて回数を増やすというか。久しぶりに「演劇見たな~」という気持ちになった。

 

小劇場や中劇場でやることが多いこの作品をステラでやったらどうなるかと思ったが、ステラでよかったのかもと思った。あと所持座席が最速先行でも渋すぎてどうなっているんだと思ったら、実際はE列始まりで手持ちチケがいい席ばかりになった。多分最後の儚の仕掛けの関係だったりするとは思うのだが、舞台がせり出しているのと段差が相まって見やすかった。

 

今回作品の性質上濡れ場が多かったが、個人的にはそこも良かった。映像にするとR指定がかかるかもしれないものを、極限まで生で演じられるのが舞台のいいところだと個人的には思っているので、いとしの儚はまさにそれをダイレクトに感じ取ることができると思った。あと単純に普段なかなかそういうシーンを演じるところを見ることがないだろうなという役者ばかりだったので、「すげ~!!」という小学生並みの感想しか出なかったが興奮した*1

濡れ場にも関係する話なのだが。今回座席でみていて面白かったのが客席の反応だった。結構幅広い客層だったので、濡れ場で顔を隠すお嬢さんもいれば泣きそうになるお嬢さんもいる。かと思えば冷静に見て終演後に「あそこはこうだったわよね」と旦那さんらしき方と感想を言い合うマダムもいて。茅野イサムも言っていたが、ゾロ政が鈴次郎蹴り飛ばす箇所でも結構顔を隠したり泣いたりする客が多かったので、なんか結構客席の反応がわかりやすいなと思った。久しぶりに客席の反応も意識していた気がする。

 

他の感想記事等を読んでいると結構同じことを言っている人が多いのだが、ふすまと木戸?のリバーシブル装置が結構好きだった。儚が生まれて49日目の寺でのシーンで、儚が寺を出ようとした瞬間にふすまが変わるのが個人的に好きで。これはあとで詳しく触れるが、させず太夫のシーンのふすまも個人的に好きだった。

 

最後儚が花になるシーン。もっと花の量があっても良かったのではと最初は思ったが、儚一人分の花の量と考えたらあれぐらいがいいのか?今回フラスタ等が解禁になったが、儚が花になった後に会場を出たらロビーに充満する花の匂いが、いとしの儚の世界観をよりいいものにしている気がして。偶然の産物かもしれないが、それも含めてよかったなと思った。

 

 

内容の感想

実は〔いとしの儚 原作〕と調べると初演の戯曲が出てくるのだが、比較すると何箇所か消されたり足されたりしている部分があったものの大筋はおなじ。三木松がなぜ和尚様といい感じなのかわかる一文が消えたりしていて、現代のあれこれを考慮しての文消しなのかとおもつつあっても良かったんじゃないかな?とは個人的に思った*2

正直最初舞台で見たときは「20年前に書かれた脚本だな」という感じの部分もあった。が、私はそこがいいと思ってみていた。最初にも書いた通り引っかかる部分はあったのだけれど、書かれた年代のことと劇中の時代背景のこととか考えたら、逆にそれがいい味を出しているというか。そしてもっとそこを自分の中で煮込んで解釈したいというか。長年上演された作品によっては合わない作品もあったりするのだが、今回は結構肌なじみのいいものになっていった気がした。

 

鬼シゲが鈴次郎と最後の丁半博打をする時に何かしら食べていたのはなぜなのか。「空腹で限界であろう鈴次郎への追い打ち?」という話を友人としていたが、それにしてはちょっと甘いというか……。そこの真意が知りたい。友人達が鬼シゲが何を食べていたのか特定しようと必死にしていたが、マジでわからない。郷本直也は配信等で何を食べていたのか教えてください。ちなみに千穐楽太巻きは逆にわかり易すぎて困りました。

 

この話は【人間なのに人でなしである鈴次郎】と【人間になりたい人ならざるもの儚】という逆の存在である2人が交わることで、互いに影響を与えて変化していく様が大事だと思っているのだが、その変化の仕方がもう本当に苦しくて仕方がない。

【人ならざるもの】というファンタジー要素が入っているのに、描かれているのは人間の醜いどろどろとしたもので。多分ファンタジーしすぎていても良くないし、逆にリアリティがありすぎてもだめ。この塩梅が相性良かったんだと思う。

今回儚の衣装が白→ピンク系→(緑)*3→ピンク系→白という色の変化があったのだが、最初と最後が白なのは【死体から生まれた】のと【最後は死ぬ】を表現しているのかなと勝手に思った。ピンクは人間に近くなっていく儚の姿を表現したのか。全体的に暗い色やくすみ系の色をきた登場人物が多い中で、儚のはっきりとしたピンクはとてもよく目立っていたし、一人だけ希望を持っている感じがした。特に鈴次郎が薄汚れたふた足の野良犬*4と言われるぐらい暗くて少しぼろくて人間離れしたいでたちなので、対比がすごいというか。

 

 

個々の話

鈴次郎

こう書くと悪口みたいになってしまうのだが、本当に佐藤流司の鈴次郎は最高の屑だった。阿津賀志山異聞2018 巴里以降、炎炎ノ消防隊を見るまで他舞台やミュージカルを見たことなかったので、どうしても22年1月まではどうしても当時のイメージが強かった。それが炎炎でイメージが変わり、「他作品も見てみたいな」とおもったところでのいとしの儚。清光も新門紅丸も抱えているものはあれど陽の存在であったので、今回陰の存在でしかない鈴次郎で見れたのは本当に良かったと思っている。【賽子以外を信じられなかった、人の愛を知らない最低な博打打ちの屑】という役どころを見事に表現していた。ここまで鈴次郎に腹が立って仕方がなかったのは、そう見えるように佐藤流司が演じていたからで。かっこよさとかなくただただ「屑だ」と思わせてきたのは本当にすごかった。そしてそんなに屑だと思っていたのに、最後のシーンで涙が止まらなくなって。最後はもう「鈴が最高だったな……」となったので、すごくよかった。

あと千穐楽で喉がつらそうだったのだが、それが逆に鈴次郎の今の状況を余計引き立たせている気もした。ただ喉つらそうだったのはマジで気になった。

カテコでいつも不思議な世界観をだしていたのが面白かった。手短に終わらせるといってぜんぜん終わらないし、「なぜその話を今?」と思ったら「ああそうつながるのね」というまとめ方をしていたり。

そういえば知らない女の子が終わったあと「屑次郎……*5」と言いながらすごく泣いていたのだが、その涙が彼の凄さを語っている気がして思わずティッシュを差し出してしまった。あの子は無事帰れたのだろうか。

 

青鬼

鈴次郎の地獄での姿。初見で見たら鈴次郎と青鬼が同時に台詞を言うところで気が付く人が多いだろう。でもよく見ると「衣装と髪型が同じだ」とか「鬼シゲに儚を助けてほしいと頼むときの反応が鈴次郎そのものだ」とか細かいところでもわかるなという部分が多かった。そして青鬼役の福本伸一の表現が丁寧で繊細でとてもよかった。鈴次郎と儚を上下で見守っているときの表情や動作、ひとつひとつが【青鬼が鈴次郎の鬼になった姿】だからこその反応で。何度も見ているうちに、青鬼から目が離せなくなる。

「本気で勝ちたきゃ、捨てられるモノは何もかも捨てるこった。家族はもちろん、名も財産も、思い出もな」

という台詞が割と冒頭にある。この思い出を言う時にすこし重くなるというか詰まる感じがした気がした。青鬼(鈴次郎)は儚との思い出は捨てられなかった。だからゾロ政に負けたし、鬼にもなった。そしてずっと儚の話をし続けているのかもしれない。

 

shuffleから2度目の観劇となった七木奏音。儚が墓場で生を受けた瞬間の泣き声。本当に赤子という感じだった。それがリアルすぎてゾワッとして。死体から作った人間なんて現実には存在しないので正解がわからないのだが、きっと実在したらこうなんだろうなという気持ちにいなった。

そこから少しずつ成長していき、寺で教養を受けてからは一気に人間の女性になる。2時間の中で生まれてから死ぬまでを一気に演じなければならないわけだが、一挙一動が「人間になりたい」という儚の強い思いを感じられるから迫力がすごくて。終わったあと七木奏音に心奪われすぎて思わず手紙を書いた。私がいた回はどの回も退場する時に「奏音ちゃんにお手紙書こうかな」という人がいたので、毎回誰かの心を動かしている七木奏音はマジで役者だと思う。

 

鬼シゲ

郷本直也ってこういう役どころ本当に似合う。鬼シゲの笑い方が鬼って感じですごく好きだった。儚が生を受けた後にはける時がいい顔をしていた。というか墓場のシーンは基本いい顔をしていた。死体の合間を歩く鬼シゲ……鬼だったな。

鬼シゲなんだかんだ良い奴。でもちゃんと地獄の鬼。そんな役どころが本当に自分的には「郷本直也似合う~!!」となった。今回パンフレット付き席を1回購入したのでパンフレットが手元にあるのだが、茅野イサムと客は郷本直也の見方が違うんだなという一文があって。立場が違うと感じ方がこうも変わるんだなと面白かった。あ、地獄パワーのところはただの郷本直也だった。

そういえば今回観劇した友人達が揃って「直也さんってあんなに大きいんだね」と言っていたが、本当にそう。郷本直也、鉄ミュだと小さく見える*6けど、全然小さくない。あの衣装身長映えする。そうだこれは運営に強く言いたいのだが、なんでステショ鬼シゲないのか。鬼シゲステショ出して欲しい。ステショバラつきあって悲しかった。

ちなみにそんな郷本、千穐楽の次の日には横浜でラップバトルをする詐欺師*7になっていたので、郷本自身も郷本村の友人たちも大変だったと思う。みんなゆっくり休んでほしい。

 

ムササビ一家(長治・お鐘・お銀)

お鐘が最高~!!野口かおる自体はとても可愛らしい方なのに、ちょいちょい見せるゲス顔が素敵だった。殿が女郎屋に来たあとの転がり、日に日に激しくなっていて面白かった。長治役の田中しげ美が「わざとだろ」って言っている回があって爆笑した。わざとだと思うよ。私の好きなお鐘は、させず太夫の時に鬼シゲに似た男性を上手で足蹴にしたりしてるところ。あそこは上手ガン見している。野口かおる千穐楽で茅野イサムに話を振られたとき、あわあわしながら儚の欠片(花びら)を持ち帰る宣言をしているのが可愛らしかった。

長治役の田中しげ美、すごくピッタリな役どころすぎた。そんなに登場数が多い役どころでは無いけれど、すごく存在がある。全体の話で後ほど書くと言った襖の話なのだが。させず太夫の時に襖を開けて出てくる長治が本当にかっこいい。その前にお鐘が出てきて木戸が襖になるのだが、その後させず太夫の前に出てくる長治がかっこいいのなんの。YouTube儚VERで見れるので見て欲しい。あとその後女郎屋メンバーと扇子で踊る長治もいい。

長治とお鐘はあのふたりだからあんなに息ぴったりなんだなと思った。あのふたりでよかった。そういえばカテコで野口かおるがいつも郷本直也とワチャワチャしていて、それを周りが「そっち(田中しげ美)と」って突っ込んでいるのが面白かった。鬼と仲良いのを優しく見守る長治良かった。

お銀かっこよすぎた。これは私の勝手な解釈なのだが、お銀は結構儚のこと気にかけていたんじゃ無いかなって。イカサマがバレる時に儚を取り押さえるんだけど「怪我するよ」って言って優しく掴んでいたり、百両博打で鈴次郎が「儚がカタだ!!」というところでの表情が複雑そうな顔をしていたり。「表情変わったな」とある公演の時に気がついてから、その後に自分の仕事を全うしようとするお銀から目が離せなくて。お銀って芯の通った本当に素敵な女性だと思った。

当初買うつもりがなかったムササビ一家のブロマイドを普通に買っていた。だってほしかったから。普段ブロマイドあまりないので、今回周りにも珍しいといわれた。

 

女郎屋・寺組

女郎屋みんな可愛い。女郎屋の三人が出てきて歌う時ニコニコしながら見ていた。「ほうら、ここに♡」の言い方がかわいすぎる。好きだ。あとさせず太夫のところもそうだけれど、兼役組が本役とはちがってとても色っぽい感じで出てくるのがもうすごいなと。私が女郎屋の客になりたい。

三木松。三木松役佐藤信長、今回初めて見たのだが、にこっとした時の目元が可愛らしい。三木松が笑う時が本当にかわいかった。兼ね役の女郎屋の客もかわいかった。殿の付き人はちょっと怖かったけれど。殿とのファイトの部分がだんだんカオスになってきて、佐藤信長面白いなとなった。

和尚役日野陽仁。和尚の部分はさすがの貫禄だなあと思ってみていたら突然の殿。殿が面白すぎてしょうがなくて、今回一番連番していた友人と殿のところはずっと笑っていた。殿のつけていたニプレスは演出家の指示でも衣装部の用意でもなく、日野自身がAmazonで調べていたというのが面白かった。

茅野「夜中になんて調べたんですっけ」

日野「乳首 飾り」

 

カテコでなんてことを暴露しているんだ。あの時一人で観劇していたのだがずっとツボってしまい、カテコ中笑いが止まらなくて困った。最年長がそういう勢いで挑んてくるから、カンパニー全体の雰囲気も良かったのかもしれない。

 

賽子姫

当初のビジュアルと違い仮面をつけた状態での演技だったのだが*8、その仮面が逆に神様感を出していてよかった。そして仮面をつけていても感情ダイレクトに伝わってくる。賽子を鈴次郎が無くすシーンで「え?」という表情をする賽子姫、賽の目が読めなくなった鈴次郎に対して怒る賽子姫、そしてゾロ政との百両博打の賽子姫。どの表情も良かったのだが、私はこの3つのシーンの賽子姫が本当に好きだった。

個人的に神を怒らせて見放される時って、「おもちゃに飽きたら捨てる子供と同じなんじゃないかな」と勝手に思っていて。賽子姫の表現はまさに解釈一致だった。いまだに賽子姫の笑い声が耳に残っている。

賽子姫役の塩屋愛実が兼役含め可愛らしすぎてとても好きで、手紙を出しただけでは足りないのでこの思いを伝えたいと思ったのだけれど、塩屋はSNSをやっていないみたいで伝えるすべがない。一体どうしたらいいのだろうか。

 

 

まとめ

なんか今回すごく刺さった作品だった。気が付いたらチケットが増えていたので、それが答えだと思う。チケットが増えるという行為ほどわかりやすい感想はないと思っているので。最高の夏を過ごせたので見に行けてよかった。もし気になる人がいたら配信が22・23日まで帰るので見てほしい。

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ちなみに私のおすすめは16夜。日替わりがめちゃくちゃで最高。次は夜曲をやるとのことなので、こちらもタイミングが合えば見に行きたいと思う。以上をいとしの儚の感想とする。

 

 

 

 

 

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お題箱

odaibako.net

*1:こういうとただの変態の発言である

*2:現代日本的に表現は良くないかもしれないが、ないとないで三木松と和尚の関係性が分かりにくいなとなった。

*3:緑は寺でのシーンだが、すぐ鈴次郎に売られてしまうので考察内では除外する

*4:劇中の表現

*5:舞台上の表現②

*6:185オーバー多いので

*7:ヒプステ

*8:おそらく兼役の関係